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:Pzさまへ。
2010-03-17 21:12:04
By:笛地静恵
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書き込みありがとうございます。
1/サディズム、マゾヒズムの両者がスィッチングしながら
存在しているフェティではないかと考えます。
そうだと思います。
すでに何度も書いていますが、サディズムとマゾヒズムは、貨幣の裏表のような関係で存在していると思います。
片方だけというのは、ありえないでしょう。
どちらかの大きさは、もう片方と等しいと思います。
巨大なマゾヒズムを表現できるということは、サディズムも巨大だからだと考えています。
2/一般的なメディアの傾向でしょうか?
それとも、GTS世界の新作についてでしょうか?
終末論に至るような悲観論の傾向は、一般的にもそうですし、限られた笛地達のコミュニティにおいても、同様だと思います。
どちらか一方ということはないでしょう。
3/稀有な嗜好を持った人たちが、その妄想をどのように
同好の士に伝えて見せられるか。
このように創作活動を捉えるとぐっと建設的に思えます。
建設的ですね。
さらに言えば、「同好の士」の範囲を広げるために、笛地達のGTSフェティシズムの領土の辺境地帯から、こちらを興味と関心を持って伺っている人々に、その魅力を伝える言葉を、どのように探し出していくのかということだと思います。
異文化コミュニケーションが可能な言葉を、どう発見していくのか?
翔鶴さんが、求めている意見だと思います。
なお笛地は、語ることができませんが、GT(男性の巨人)についてのフェティシズムについても、できるならば考えの範疇に入れておくべきでしょう。
巨人(男女を含めて)のシンボルとして持っている表現の可能性は、どこまであるのかということでしょうから。
例えば、怪獣ゴジラと戦う相手として、巨人の女性型兵士を3Dで登場させたとします。
この映画は今の日本で、あるいはゴジラ映画の歴史の中で、どのよう
な新しい意味を担うことができるのか?
それを普通の人が納得できる言葉で、プレゼンテーションできるか?
翔鶴さんは、どうお考えでしょうか?
この方向性で進め方は、正しいでしょうか?
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