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笛地さんへ(長文注意) X-Virus 削除

話題がスレッドのテーマから離れているようです。

笛地さんの懸念は、以前の私であったなら同意するところです。しかし最近、考え方が変わってきました。

まずネットを含めて公開をされない作品についてですが、そういった作品は数多くあるでしょう。しかし消えてしまうことに懸念はありません。仮にそうした作品に出会う時、これが闇に消えて行ってしまうのかと嘆くこともありますが、それはそれで良いのだと思うようになりました。

理由をうまく説明できないかもしれませんが、そう思うようになった背景の説明を試みてみます。

長文です。

公開された作品はもとより、一般の市場に出回った作品ですら消えていってしまうことは常に起きています。サイトも同じです。現れては消え…以前の私なら、消えてしまうことに耐えられなかったでしょう。恐怖ですらあったかもしれません。しかし今の私の中には、消えてしまうことへの恐怖はありません。考え方が変わったのは、あるコレクターが亡くなったことに大きく関係します。

彼のコレクションのほんの一部を見せてもらったことがあります。彼はちょっとした集まりに、見せるために厳選した資料を持ってきてくれました。それは見たことのない作品も含まれていました。改めて見る機会を用意するとの言葉を信じましたが、残念ながらこの世を去ってしまいました。

それがきっかけとなっていますが、その彼と西尾さんのパフォーマンスを見たことも、今の考え方に影響があると思います。パフォーマンスは、作家と時空を共有する中でのみ感じられる特殊な作品です。仮に映像化することで、そのエッセンスは蓄えることができますが、現実に作品の内容を伝えているとは言えません。またこうしたパフォーマンスは、その時に行われたことが作品のテーマと絡んでいたりするのです。つまり作品が消えて行くことで、強烈な印象を観客に与えることができているのだと理解しています。

こうした作家と観衆が時空を共有する作品の一つの形態がネットではないかと思うのです。サイト制作者はパフォーマンスとしての意識は無いかもしれないのですが、一方そのサイトが永続的にそうした形態を保っていけるとも思ってはいないことから、作家と観衆が時空を共有したパフォーマンスの一種なのではないかと思うようになりました。パフォーマンスは単なる作品ではなく、作家の演出が観客に伝わり、観客のフィードバックにより作品が変化していくので、作家も観客も同時に得る所の多い方法なのだと思います。

ネットという媒体の場合、反応を受け取るシステムが無い限り、相当能動的な反応しか見れないのだと思います。例え話が有効なものかは判りませんが、演劇のようなパフォーマンスの場合、観客数、拍手の数、ファンレター、評論と様々な形で反応を見ることが出来ますが、ネットの場合、的確なシステムが無いと、反応は得にくいと思います。

それと消え行く作品についてですが、作品には大きく分けて2つあると思うようになりました。観衆へ訴えるために生まれた作品と、創作意欲を消費するために生まれた作品です。製作した作家も、実はどちらに分類される作品か判らないまま作品を生み出していることがあります。観衆へ訴えるために製作したのにも関わらず、観衆に見てもらうためのファクターを持たない作品もあるのです。一方、創作意欲を消費するために生まれた作品であるにも関わらず、観衆に訴えかけてくる作品もあるのです。

創作意欲を消費するために製作されたものの場合、もともと見せるために製作されたのではないので人知れず消えて行く運命であったのです。それに光を当てるのが良いのか悪いのかは判断つきかねますが、もともと消えて行く運命のものなのですから、人知れず消えても致し方ないのではないでしょうか。ただ、そうした作品を偶然にも目にして、それが持つ力に惹かれたような時、ついそれを大勢の人と共有したいとう衝動を抑えられなくなることもあります。しかし本当にその作品の力を多くの人が感じられるのでしょうか。

先日トークショーを拝聴して思ったのは、作品を受け取る側が本質の部分を感じられないとき、作品の価値は無いに等しいのではと思ったのです。どんなにか美しい彫像を作ったとしても、受取手がいなければ、それはただの土塊なのではないでしょうか。作品の価値は、判る人がいてこそなのだと思います。作家だけが判る作品もあるかも知れません。結局、判る人の手に渡った作品は幸運だったと言えます。確かに公開されれば、正当な継承者の手に渡るかもしれませんが、不当な扱いを受けるかもしれません。リスクが伴うのです。

もし対策というものが、リスクなしで正当な継承者の手に渡る、あるいは正当な評価のみを受ける方法と言うのであれば、大いに議論する価値はあると思います。興味深い議論になるでしょう。いかがでしょうか。

2008-10-19

横レス御免 danna 削除

価値をみいだされずに廃棄されたり
人知れず消えていくのはもったいないと思うけど、
それ全て手に入れようというのは欲というもの。
一人にできることは多寡が知れているため
過去には らふ、G-boy両氏のサイトがあり
そこを中心にJGCが発足し補完作業が行われていたけど
今現在では初期と違い人間も増え、嗜好の細分化も
桁違いになり、もはや一つの作品を一方向から
横並びで評することも難しくなっている。

正当な継承者とはいかに対価を支払えるか。
正当な評価とは嗜好の合わない者の酷評も含む。
上記の意見、状況をいかに受け止めるかが課題だと思う。

笛地、戯画 両氏のように自分の周りに同好の志を
集めるのも一つの回答だと思う。
(求めて集めたとかでなくとも)

まあ 対価も払わず人の作品にけちをつける行為が
いかにおろかな行動かもわからない輩が多いため
このような議論を必要としているのではないだろうか

ただし作者が望む場合はそれが価値を持つわけで
作者自身それを望むかどうかを明確にすることが
これからは必要なのではないかと思う。

自分の場合、「創作意欲を消費するため」というか
オナニーの類で、もはや変態であるため評価されると
非常に困るという状況。
でも外人さんは案外に好意的だったり。
まあシーメールには露骨に嫌悪感示されたりで
国内よりは素直な反応でそっちに流れつつ…

2008-10-20 00:40:54

Xさんへ JUNKMAN 削除

物書きとして後半に部分レスします

作者が読者を選択する方法は思いつきませんし、あったとしてもそれが作品にとって幸せなこととは思いません
作品は、発表されたらもう独り歩きしています
独り歩きした作品は、読者との間に、作者には予想もできなかったような関係を結ぶこともあります
そういう関係が結ばれた作品は、たとえ作者の意図から外れていたとしても、決して土塊ではありません
だって、ちゃんと機能しているのですから

確かに、自分の作品に自分の意図とは大きく異なる内容の評論(笑)とかを大真面目でされちゃうと、萎えますよ思いっきり
「これは正当な評価ではない!」なんて涙目になっちゃたりしてね
でも、もちろんそれは作者の驕りです
少なくとも自分の意図を伝達する能力には欠けていたということだし、下手をすれば作品の本当の価値を作者自身が見落としていたという可能性だってあります
特にフェティシズムが絡むとこの危険は高いかも

謙虚であるに越したことはないです
プロは尚更だと思うけどな

2008-10-21 01:26:55

JUNKMANさんへ X-Virus 削除

私の考察を誤解されているようなので補足させていただきます。

土塊になるのは、受取手がいない場合です。一人世界に旅立った作品には必ず受取手がいます。もし非公開の作品であっても、作者がいる間は作者自身が受取手になるので土塊にはなりません。言い換えるなら、土塊になる作品は、だれの目にも触れなくなった作品のことです。さらに付け足すなら、作品の価値は、作品を受け取る側(作家も含め)が決めるのではないかということです。

私が思うのは、たとえ曲解されていようとも気に入ってくれる方の手に渡った作品は、幸せな作品だと思うのです。まあ作品の真意は作成した作者しか判らないことですから、曲解されるのは普通なのだと思います。それから受け手が、作者も意図していない作品の魅力に気がつくこともあるので、受け手が気に入ってくれればそれで良いのではと思うのです。おそらくJUNKMANさんも、そのように感じていらっしゃるのではないでしょうか。

追伸:
こんなとこで反応するのもなんですが、私はJUNKMANさんの「目覚め」が大好きです。

2008-10-21 11:22:05

正当な評価ってなんだかわからない JUNKMAN 削除

確かに作品にはテーマとか、込められた意味とか、作者として考えるところはあります
でも、そんなところはまるまる無視されたって、作品が愛されることもある
それは読者が、作者とは別の感性で、作品の価値を作ってくれるということでしょう
だから、一般論として、作品はできるだけ大勢の目に触れた方がよい
閉鎖サークルでこっそり発表するのはもったいない
私はそんなふうに考えています

ちなみに「目覚め」も、JUNKMANにはどこがいいのかさっぱりわからない(笑)
ハードなSFにするつもりが全く情けない失敗作に終わってしまって、読めるものになるよう書き直しを試みたこともありますが、全くリカバリー不能なレベルでした(涙)
そんな作者からは愛されない醜いアヒルの子でも、好んでくださる読者はいるのですね
そういうことなのでしょう

2008-10-23 02:34:15

正当な評価ってなんだかわからない X-Virus 削除

改めてて読むと、なんだか判りませんね(すみません)

どう表現したら良いかわからないまま、文章で意見を述べるのはとても難しいですね。ディスカッションも生でやり取りすれば、言葉や文章の表現力の無さを補ってくれる場の雰囲気というようなものがありますが、文章だけのディスカッションでは言葉と文章が全てで、さらに消えてなくならない為に情報として分析されてしまいます。作品と一緒で、作者の意図とは別に独り立ちしてしまいますね。

評価は作品が世に生まれでた時から存在するように思います。最初の評価を下すのは、作家です。自分の作品にほれぼれして陶酔できることもありますし、駄作として捨ててしまうこともあるでしょう。また、傑作だと思っていた作品を後から見て捨ててしまいたいという衝動に駆られることもあるでしょう。

もし作品が何らかの形で人の手に渡れば、その時から作品は独り立ちします。評価も様々でしょう。私も何度か作品を公開していますが、自分の気に入らない作品の公開を取りやめたとたんに、あの作品はもう見れないのですかというようなメールを貰ったことがあります。考えさせられました。

プロ作家の場合、例えば本にまとめたりするのは、ひとつのプロダクションとして世に送り出すことであり、単に作家の食い扶持を稼ぐだけでなく、出版や流通ルートに携わる人の食い扶持も稼がなくてはならないのです。プロダクションとしての価値が問われるので、出版側も簡単に出せないこともある訳です。作品がプロダクション化できるかどうかは、作品の面白さとは全く別とは言いませんが、それ以外の要素も加わりることになるのです。下手すると作家の意図とは異なるイメージで腰帯が付いて売り出されることもあるでしょう。

作者からは愛されない醜いアヒルの子でも好んでくださる読者はいますし、それでいいじゃないかと私も思います。しかしそれは作家の観点です。実は受け手にも言いたいことはあると思うように最近なってきました。

ところで、正当な評価って何でしょうか・・・
「正当な評価」だけ切り出されるとなんだか判らなくなっちゃいますね。「正当な評価のみを受ける方法」というシステムがあったらいいなあと思ったのですが、その真意は「いたずら」を排除したいなということだったのです。特別深い意味が込められた訳ではありませんが、その前に「不当な扱いを受けるかもしれません」と書いてあるので、それに掛かって考えが膨らんでしまったのかもしれません。むしろ「正当な継承者って何?」と突っ込んでくれた方が良かったかもしれません。

ネットを始めた当初、好んでくれる人の手に渡ってもうらうことばかり考えていました。好んでくれる人に渡った作品は幸福だからと思ったからです。ま、その後、やっぱりゴミだなと思うことがあるかもしれませんが、そうした不幸には目をつぶることにしましょう。ネットは作品をファイルにして、どこかダウンロード(ブラウザで表示)できるところに置くだけで、出版社の思惑など気にせずに公開できる気軽さがあります。より多くの人に触れることで、作品を愛でてくれる人に渡る可能性が高くなるので、そにかくみんなで楽しむというような趣旨には好都合な媒体であることは周知の事実です。一方で、あまりにも無造作に公開された作品は、別の問題もあるのじゃないかと思うのです。

未成年者が見てしまう問題。

まあ、そんなこともありますね(笑)
でも、そういうことにも関係しますが、それだけじゃないと思うのです。

何かの展覧会に足を運んだとします。自分の好きな展示を見ている時に、他の人が嫌悪感を示すことが多々見受けられます。当然なのですが、嫌悪感を呼び起こすべき作品の展示なので、嫌悪感を示す方が正しい反応なのです。嫌悪感を感じた人が作品に惹かれていくこともあるので、人の心理とは不思議だなあとも思うのですが、嫌悪感はただの嫌悪感で終わる人もいます。もちろん、その展示会のテーマを知って入場していきているのですから、それはその人の勝手であり、項垂れて家路につくのも勝手なのです。

そこで思うのは、ネットでどうなんだろうと。

実際の展示会では、他の入場者の反応を見る密かな楽しみというのがあるのですが、ネットでは基本的にはありません。確かにシステムで掲示板などがあれば、それで反応が見れるかもしれませんが、反応した人のみの反応しか見れませんし、それが平均的な反応であるかのように見えてしまう危険性を持っています。

さらにもう一歩進めて、もし自分が嫌悪感を示すであろうテーマが明らかで、それを避けたいと願っているようなとき、そうした作品を目にしない方法は無いのだろうかと。そうした仕組みがあったらどうだろうと。

ネットにおける作品の流通が、もっとうまく機能しないかなと思うのです。そうした仕組みを真剣に考えても良いのじゃないかと思うのです。

さらに言えば、dannaさんの意見とも絡むのですが、作品に対する対価ってなんだろうとか、作家の糧って何だろうとか。お金だったら単純なんですが、それだけじゃ無いのは確かだと。

サイトは作家と閲覧者の接点であり流通ルートでもあるので、今のような形で良しとするのはどうなんだろうかという気持ちが、自分の中にはずっとあるのです。

「何か判らないけど、もっと良い仕組みがあるはず」だと

2008-10-23 12:19:35

対価について danna 削除

単純に金銭 でもいいし
応援する言葉の人もいたり
欠点を指摘してもらうのもありだと思う人もいる

サイトの視聴を有料にしたところもあるし
自分の応援者のみに限るのもいい
これらはわかりやすい対価の求め方だと思う。

誰でも見れる場所に置くという事は何言われてもいいよ
って気持ちかというとそうでもなかったりするのが難しい。

何言ってもいいってなったとしても普通に考えて
限度とか言葉とか選ぶ人ばっかりじゃないのもある。

過去にgiantess cityへシーメールのコラージュを
投稿したことあって そのときガッツリと嫌悪感を示され
運営に削除され 警告メールもいただきました。
非常にわかりやすいw
この時はこっちにもイタズラ気分もあったんで反省。
そりゃ ち○こなんか見たくないよねw
(その後 シーメールOKな嗜好の方が俺見逃したから
 再UPプリーズなんてメッセ来たりもしましたがw )

あー 結局何が言いたいかっていうと、
多分 Xさんの求めるサイトの形は
一般に受け入れられる程度の作品や資料をおくオープンスペースと
見る側に年齢や覚悟の確認を必要とするフェチスペース
最低限の個人情報を管理する会員スペース
そして最後には有料で提供するスペース
この4段階を一つに統合したサイトとかいかが?

会員スペース以降でのみ作者への”対価”が機能するように
なると思うんだけど?

2008-10-23 14:18:59

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