グリムショウ博士の診療所

Doctor Grimshow's Sanitarium

Fletcher Pratt 作品

あらすじ

ドイツ人系アメリカ人の医師、アデルバート・グリムショウは博士は、ゴワンダ州立精神病院の近くに、神経症患者の私立療養所を開いた。この診療所は金持ちの患者を相手にする一方、貧しい人々のための慈善病棟も開いていた。そして事件はこの慈善病棟で起きた。そしてそれが明らかになったのは、ある奇妙な手記が発見されたからだった。

手記はとても変わっていた。内容はもちろんだが、その手記そのものが入っていたのが内服用のカプセルで、薄い紙に書かれた文字は顕微鏡の力を借りないと読めないくらいに小さいものだった。カプセルは3つ発見されたが、手記は第4のカプセルの存在を促すような内容だった。

手記には、グリムショウ博士が人間を小さくしてしまう薬を開発し、それを悪用して患者を小人にしてサーカスに売っているという事実を訴えていた。しかし、それだけではなかった、この手記を書いた本人を含め数人が、グリムショウ博士の手によって人形よりも小さくされてしまったいきさつを克明に記述していた。その詳細な描写はリアルで、そして恐ろしいものだった・・・

解説

この小説は、複数の作者がそれぞれお気に入りの短編を集めた短編集に収録された作品です。原作者であるフレッチャー・プラット氏は、この小説には不満なところが多いとコメントを残しつつもお気に入りとしました。なるほど古典的な香りのする作品で、そうした意味において人に勧めることをためらう気持ちも良く分かります。しかし、時としてそれが新鮮に感じることもあるのです。

SFといえば、科学的根拠に裏打ちされたストーリーを思い浮かべるのはもっともなことです。ですが古典SFの多くは、果たして科学的根拠を必須としていた訳ではありませんでした。ミステリー、サスペンス、ホラーなどの要素を科学というテーマを持って語ることが多かったのです。そして、この作品は、そうした古典SFの面白さを発揮している作品で、濃密なストーリー展開がこの作品の読みどころとなっていいます。

徐々に小さくなっていく恐怖。監禁された病室からの脱走。そして基に戻る方法はあるのか。そうしたドラマティックな展開の中で、人間の本質的な生存能力や、生きていくことに関する哲学などが語られています。

翻訳について

いくつも折り重ねられたストーリーは、欧米人の好むサスペンスの要素です。こうした入り組んだ構成は、時として無用に複雑にし展開を沈滞させる要素となります。通常そこには、登場人物の人間模様が描かれるのですが、アメリカでの生活経験がないと、今ひとつピンとこないものであったりするのです。

この作品が日本で紹介された当時は、大阪万国博覧会が開かれようとしていた頃で、まだ海外旅行は一般的とはいえず、生活習慣や欧米人的な考え方は、今ほどには判らなかったのです。もちろん映画や本で知識的に吸収することはできました。しかし、直感的に欧米文学を日本語で表現しても、到底受け入れられることが無い時代でした。しかしながら、この作品は日本の方にも読みやすいように工夫されているのです。

今の日本文学は表現そのものが明らかに海外文学から影響を受けており、また日本人の思考が変化してきています。海外文学の直訳的表現すら、素直に受け入れられるようなっている中、海外文学の翻訳技法も大きく変化しました。おそらく、この作品が世界各国で翻訳されることを期待して書かれているはずがないので、この翻訳をされた翻訳家の方の才能が、この作品を読みやすくしているのは間違いないだろうと思います。

この翻訳は、アガサクリスティの翻訳家としても知られている中村能三氏の手によるものです。しかし中村氏の本領はSFで発揮されるところが多く、この小説も中村氏らしい深みのある文章で、読者を物語の中に引き込んでいってくれます。すばらしい翻訳だと思います。一度は読んでもらいたい傑作です。

記事公開日:2006.12.01
記事更新日:2006.12.01

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発行 創元社
翻訳 中村能三
初版 1969年9月26日
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