ヒューゴ・マスターソン博士は、突然開いた戸口に向かい叫ぶように言った。
「何度言ったら分かるんだ! 私が実験室で仕事しているときは絶対に入ってきてはいかんのだ!」
戸口には顔色の良くない女性が立っていた。彼女は博士の怒りに戸惑いながら、博士に客が来たことを告げた。
入口まで行き嬉しそうに客を向かいいれた博士は、先ほどの女性を呼んだ。
「マーサ! なんて気が利かないんだ君は! さっさと紅茶を入れて持ってきなさい!」
厳しい顔つきでマーサを叱りつけた博士が、きびすを返して客の教授に向いたときには、にこやかな表情に変わっていた。そして博士は得意げに、自分の生成した薬の効果について説明を始めたのだった。
「まだ、ガン組織でしか試していないのだが、試しに発達したガン組織を持つこのモルモットに注射してみましょう。」
博士はモルモットに薬を注射すると、続けて説明を始めた。博士の説明では、この薬はガン組織を縮める効果があるというのだ。博士が自分の説明に興奮しているとき、マーサが紅茶を入れて戻ってきた。マーサは博士に紅茶を持ってきたことを告げたとたん、博士の顔が厳しくなり、そしてマーサに向かっていった。
「何を考えているんだ! 私が頼んだのはアイスティーだぞ! さっさと入れ直してこい!」
しかし教授は、忙しいのでお茶を飲んでいる時間は無いと告げると博士の研究所を去ってしまった。教授が帰った後も博士は、マーサに向かって文句をぶつけていた。その博士に何も言えないマーサ。泣きながら博士の前から逃げ出してしまった。
ひとりになった博士は、紅茶の一件などすぐに忘れ、別の考え事に没頭していた。それは、薬は少量でガン組織を縮ませる効果があるが、もし全身に達する量の薬を投下したら、動物をまるごと小さくすることが出来るかという考えだった。博士が考えに夢中になっていたため、落ちていた缶に気がつかず、その缶に足を取られ、紅茶の載ったワゴンめがけて倒れ込んでしまった。
そう、博士はまだ手に、先の実験に使った注射器を持っていたのだ。そして注射器には十分な量の薬が入っていた。博士は転んだとき、その手にしていた注射器を胸に刺してしまったのだ。さらに悪いことに紅茶の乗ったワゴンと体にはさまれた注射器は、博士の体に残っていた薬を全部打ちこんでしまったのだ。
マーサが気を落ち着かせて部屋に戻ってみると、そこには博士の姿はなかった。そこには誰も手を付けていない紅茶の載ったワゴンがあるだけだ。せっかく入れた紅茶。その紅茶をひとりさみしく飲むマーサだった・・・