縮みゆく人間

原題:The incredible shrinking man

原作:リチャード・マシスン

物語

夏の海で優雅にボート遊びに興じるケアリー夫婦。ふたりは、まるで恋人のように仲の良い夫婦でした。そんなふたりがボートではしゃいでいる時、怪しい霧が襲ってきたのです。その霧にいやな予感を覚えたふたりでしたが、その霧がもたらした恐ろしい運命に気付くまでには、それから半年の月日が流れていました。

ある日、夫のスコットは、自分の体の異変に気がつきました。病院で検査を受けると、恐ろしいことに体が縮んでいることが判ったのです。日々縮んでいく体。そんなスコットをマスコミはニュースではやし立てたのです。外にはマスコミが彼の小さくなった姿を捕らえようと待ち構えています。外にも出られず、ただ縮んでいくスコット。打つ手もなく縮んでいく夫を心配そうに見守ることしかできない妻ルイスに、夫スコットは次第にイライラを募らせていくのでした。

人形サイズまで小さくなったスコットは、家の中に置かれた人形の家で暮らすようになりました。ある日ルイスは、心配しつつもスコットをひとり残して外出しました。ひとりっきりで留守番となったスコットに、どこからか入り込んできた猫が襲ったのです。スコットは追い回され、そして地下室へと落ちてしまいました。幸い無事でしたが、家に戻った妻に自分が地下にいることを伝えることができません。一方ルイスは、家の中に猫が入り込んでいることに驚き、スコットを探しました。しかし彼女が目にしたものは、スコットの血ついたのシャツの切れ端。彼女はスコットが猫にやられてしまったのだと勘違いをしてしまいました・・・

悟るということ

この物語はおよそ3つのパートから構成されています。

最初は恋人のように仲の良い夫婦の夫が日々小さくなっていくところ。二人が物理的な問題だけではなく、精神的な問題をも抱えてしまい、逃げ道がなくなっていく。妻の夫を見る悲し気で心配そう目が、夫にとって負担となるあたりが実に切なく描かれています。

次は、スコットが地下室で冒険を重ねるところ。最初は自分の妻に見つけだしてもらえない寂しさがただようが、小さくても一人の人間として生き抜く力があるのだという自信が生まれてくるのが良く判ります。このパートでは、ときおり元の世界への郷愁に襲われつつも、人間として生き抜いていく力をつけていくスコットが描かれています。そして、スコットがあまりにも小さくなってしまった自分に気がつくところ。水漏れによって地下室が水浸しになり、妻のルイスが降りてくるのですが、あまりにも大きさが違い過ぎるため、スコットはルイスの顔すら見ることができず、ルイスはスコットが大声で助けを求めていることすら気付きません。靴の底を濡らす程度の水漏れでしたが、これがスコットにとっては流されて溺れてしまうほどの大洪水なのです。あまりにも大きさが違い過ぎることに、ルイスとは違う人間になってしまったことに思い知らされるのです。

このスクリーンショットを見てください。このショットには、階段を下りて来たルイスのハイヒールだけ写っているように見えますが、よく見ると左下の階段の付け根のところでスコットがもがいているのです。水の中から必死に這い上がろうとして右腕を階段の付け根にかけたところです。このシーンで、スコットが絶望的に小さくなった自分に気がつき、元の世界に戻れないことを悟ります。そして物語は、一気にクライマックスへと向かうのです。

最後にスコットを待ち受けていたのは、悟りの極地でした。悟るというのは、全てを見切ると言うことでは無く、いかにして歩むかを見切ることだと言えます。生きるということがどういった価値を持つのか、その価値を見つけたのではなく、その価値を見い出す方法を新しい世界に見つけたのです。それはまさに悟りの世界だと言えましょう。この境地を映像で見事に表現しています。現代の演出なら、ナレーションは入らなかったと思います。映像だけで十分ですし、ナレーションは説明しきれていません。

機会があれば、是非ご覧頂いて、スコットが何を悟ったのかを感じてもらいたいと思います。

古典作品

この作品は、およそSFらしい道具が出てきません。それでも十分にSFのエッセンスを放っています。こうしたセンスは、脚本を書いたマシスンの優れた才能によるものです。この作品の後、こうしたセンスをトワイライト・ゾーンでも発揮していることからも、その才能ぶりがうかがえます。

マシスンのセンスに隠れてしまってはいますが、この作品には奇妙なセックスアピールがあります。これは製作のザグスミスのものかもしれません。彼の製作した映画には、女の色気がさり気なく漂います。ザグスミスがどの程度、この映画に関わったのかは判りませんが、この映画には色気が漂っていることに間違いありません。彼自身、やがて監督としてメガホンを振るうようになると、直球セックスで勝負するようになります。

SFの古典として語られることの多いこの作品ですが、確かにこの作品には古典と呼ばれる味わいがあります。パワーで押し切るような昨今のハリウッド映画とは一線を引き、ほのかなエッセンスで勝負。それでいて強烈に記憶に残る印象を与えてくれる作品です。あなたが最近ご覧になった映画は、名作候補? それとも古典候補? それとも・・・

機会がありましたら、是非この映画をご覧になってください。

Published : 2003.07.01
Update : 2004.09.17

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