仁王丸は阿仁王と吽仁王の息子。本当は人間の子だが、わけあって阿仁王と吽仁王の息子として育てられている。
阿仁王と吽仁王は、仁王丸を般若のところに預けようとするが、そこから逃げ出し宇宙の中心にあるという須弥山を目指して冒険を始める。実は、それこそが仏に定められた道で、帝釈天と戦う運命を持っているということにほかならなかった。

何事にも動じない仁王丸に、嵐は心を魅かれた
仁王丸は阿仁王と吽仁王の息子。本当は人間の子だが、わけあって阿仁王と吽仁王の息子として育てられている。
阿仁王と吽仁王は、仁王丸を般若のところに預けようとするが、そこから逃げ出し宇宙の中心にあるという須弥山を目指して冒険を始める。実は、それこそが仏に定められた道で、帝釈天と戦う運命を持っているということにほかならなかった。

本宮氏の作品には根性物が多い。体を鍛えるとかのレベルではない。精神の鍛錬という事だけでもない。野望ともとれるほどに大きな志に向かう、ひたむきな姿勢で人生を全うする類いの性根の部分を描いています。
そういった信条をもって仏教の世界を描いてしまうと、このような作品なるのでしょう。強引に描いてしまっていますが、そうした強引な論破の多いのも本宮氏の作風といえるでしょう。
本宮氏のコメントでは、主人公には野望はなく無心なのだそうです。その無心さも、凡人の見地かさすれば巨大な野望のようにしか見えません。無心の境地に達すると体の大きさは関係なくなるらしく、巨大な仏に掘れたり寝たりします。この話を少年誌でやってしまう本宮氏の堂々たる描きっぷりには感服する他はありません。
主人公は途中で巨大化する能力を開花させます。第5巻では主人公の妹も巨大化するようになります。この作品では、体の大きさがそのまま力の象徴としての大きさを表現しています。
ところで、嵐というキャラクターは本宮氏のお気に入りのようで、「天地を喰らう」でも登場します。全く別のキャラクターのはずだが、似たような設定で登場しています。いずれ天地を喰らうも紹介させていただくつもりです。
記事公開日:1999.05.01
記事更新日:2004.09.17
| 発行 | 講談社 |
| 価格 | |
| サイズ | B6・平綴 |
| 第1巻 | ISBN4-06-102658-5 |
| 第2巻 | ISBN4-06-102659-3 |
| 第3巻 | ISBN4-06-102662-3 |
| 第4巻 | ISBN4-06-102671-2 |
| 第5巻 | ISBN4-06-102676-3 |
| 第6巻 |
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