愛しのベティ
小池一夫:作
叶精作:画
公開日:1999.06.16
更新日:2009.05.02
■あらすじ
肝川胆平は前歯一家の三下だった。目鯨一家に縄張りをあらされ一家ちりじりとなった今、殴り込みをかけて最期に一花咲かせようとしていた。途中けがをしていた女を助けたとき、胆平の人生は大きく変わった。
その女は胆平にほれ込んで、押し掛けてきた。女の名前はベティ・バレンタイン。魔界の次期王妃だ。
やがて胆平とベティは結婚するが、魔女のしきたりを破った胆平に悲劇が訪れる。その悲劇とは、ベティの記憶から胆平についての一切の記憶が無くなってしまうというものだった。
ベティは胆平のことを忘れ魔界に帰ってしまう。が、胆平はベティのことをあきらめきれず、魔界にまで追いかけてきた。しかし、ベティの記憶が戻らないかぎり元のような関係に戻ることは出来ない。胆平はベティを感じさせれば記憶が戻ると信じ、ベティを愛撫する。
■ベティバレンタインという存在
ベティバレンタインという女性は、女性の二面性の象徴と言っても良いかもしれません。小池作品では、たびたび女性の二面性が語られますが、このベティという存在は、その代表格だと言っても良いでしょう。
特にエピソード「三下り半の条件」のベティは、男から見てままならない女性を良く表しています。
普段なら男に従順なしおらしいベティは、童顔の小さな少女の姿となります。しかし大叔母様の魔法のため、胆平にうながされて童顔の少女の姿にこそ戻るものの巨大な体のままとなったベティ。このあたりに男に従順でありながら、男がままならない女性の姿がそこにあります。もっともこのベティの場合は感情論というよりかは、大きさに差がありすぎるという物理的な問題なのですが。
強烈なのは、無敵状態の巨大な姿をしたベティが、胆平を虫のごとく扱うシーンです。とはいえ、会話が成り立つのですから、単なる虫というわけでなく、むしろおもちゃ状態と言った方が良いかもしれません。しかし単なるおもちゃではありません。
人間にとって無敵な巨人が、人間の言動に翻弄されます。その関係は、魔女と人間ということではなく、男と女のものです。無敵巨人とひ弱な人間の立場が、時々逆転するのは、小池氏の作品に多く見られるパターンです。こうしたパターンが小池作品の魅力となっていることは、間違いありません。実際、小池氏もそのように考えているはずです。
小池氏にとって、胆平が男性代表ということではなさそうですが、ベティは女性代表でしょう。もちろん、あくまでも代表なので、全ての女性がベティのようである訳がありません。この作品にも色々なタイプの女性が登場します。しかし内面的にはベティのような強さを持っているので、その点において、女性は全てベティであるとも言えます。
とにかく、はっきりと言えることは、小池作品の女性代表がベティバレンタインなのです。
■作品解説
小池氏の作品には、ライフワークとも思える夫婦愛を描いた作品群があります。この作品もその内の一つです。現実的な女と夢を追い求めてばかりの男が、夫婦としての絆を深めていくものです。一見どうとゆうことの無いテーマですが、小池氏はこのテーマをSF、時代劇、青春ドラマなど、ありとあらゆるジャンルで書き上げることに情熱を傾けているように思えます。
この作品では、任侠の世界で生きる見栄ばかり気にするやくざの男が主人公です。ところが第3話のあたりから、主人公を取り巻く世界が大きく変化します。魔女の妻をめとる、というよりも巨大な妻の存在が、話の節目として存在するのです。さらに夫婦生活の最初の危機を迎えて乗り越えたところから、全く任侠の世界は出てこなくなります。
巨大な体をはい回る男が愛情を注ぎながら、現実に目覚めていきます。「巨大な体=圧倒的な力」という中で、肉体的なところから精神的に打ち負かされていく主人公。それを乗り越えたとき、精神的に一回り大きくなった主人公が夫の地位を回復します。小池氏らしい作品です。叶精作氏という絵師とのタッグは、小池作品の中で最も強力だと言えます。ですので、この作品で小池氏は、自身の女性観のほとんど語り尽くしているように思えます。
この作品以前に示された小池氏の世界観は、この作品に全て登場しています。巨人妻はもちろんですが、夫への誘惑や夫婦の危機、人生の挫折、愛情論など、全てが詰め込まれています。この作品にも男への誘惑は数多く盛り込まれていますが、それよりもある意味で悟りを開いた男が、誘惑そのものを誘惑と感じない強さを得ていることを示すエピソードが多く盛り込まれています。こうしたエピソードは、ちょうどこの作品の時期から小池作品に見られるようになったと思います。
ミューズの完璧で巨大な美しい体を目前にしながらも、性への誘惑とはならない男が小池氏の理想なのかもしれません。性欲を否定している訳でないエピソードもありますので、男が性欲を失った訳ではなく、ただ美しい体では誘惑することが出来ない男なのです。
この男性像は、本宮ひろ志氏の描く男性像と共通項があるところが興味深い所です。本宮作品にも巨人女性はたびたび登場しますし、巨人と知りながら妻にめとったりもしますから、共通項は非常に多いと言えます。互いに意識している訳ではないのでしょうが、人生観や世界観にも共通項は多いのが興味深い所です。
ところで、小池氏自身がこの作品のアニメ化を行っています。テーマ性はそがれていますが、漫画の持つ魅力はそのままにアニメ作品「魔物語」は作られているので、機会がありましたら見ていただければと思います。
■関連作品
小池一夫氏の作品には、ライフワークとも思える作品群があります。すべての作品について調べきれてはおりませんが、巨人に関連している作品は、判明しているだけで次のものがあります。
上記作品は、将来すべて紹介したいと思っています。
■魔物語(ビッグコミックス版全17巻)
[img]■魔物語(小池書房全9巻)
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